昨日は、掃除と心の話を書きました。
今日は、私が思う「丁寧な暮らし」について。
私にとって丁寧な暮らしとは、
物や人、そして命を大切にする暮らしです。
物を大事にすること。
人を大事にすること。
動植物の命を大切にすること。
そしてその「人」の中には、
もちろん自分も入っています。
だから、無理はしてはいけない。
頑張りすぎることが丁寧なのではなく、
ちょうどいいところを見つけることが大切なのだと思います。
中道という考え方
仏教には「中道」という考え方があります。
真ん中という意味ではなく、
偏らない、ちょうどいいということ。
弦楽器を思い浮かべてみてください。
太い弦、中くらいの弦、細い弦。
それぞれが一番いい張り具合になっていないと、
美しい音は出ません。
張りすぎても切れてしまう。
ゆるすぎても音が出ない。
私たちの暮らしも同じです。
無理をしすぎても続かない。
だらけすぎても整わない。
ちょうどいい暮らしをすることが、
本当の意味での丁寧さなのではないでしょうか。
忙しい日でもできる丁寧さ
忙しい日は、手を抜いていい。
お惣菜や冷凍食品に頼ってもいい。
でも、食べるときに手を合わせて
「いただきます」と言う。
食材に感謝し、
作ってくれた人に感謝する。
食べ終わったら
「ごちそうさま」と言う。
それだけでも、十分丁寧な暮らしだと思います。
以前、
「給食費を払っているのだから“いただきます”はおかしい」
「外食でお金を払っているのだから“ごちそうさま”は変だ」
という話を聞いたことがあります。
でも私は、そうは思いません。
お金を払えば当然、ではなく、
お金を払うことで美味しい食事にありつけること自体が、
ありがたいことなのだと思います。
当たり前の反対は「ありがとう」
あるお坊さんが、
「当たり前の反対は、ありがとうなんだ」と言っていました。
“有り難う”は、字の通り
「有ることが難い」ということ。
日本は地震や台風、豪雨や大雪など、
災害の多い国です。
当たり前だと思っていた日常が、
ある日突然、当たり前でなくなることもあります。
今は当たり前でも、
次の瞬間にはそうではないかもしれない。
だからこそ、
この当たり前の暮らしに感謝する。
当たり前だけれど、ありがたい。
その気持ちを持って、
物を、人を、命を労わって過ごす。
それが、私の思う丁寧な暮らしです。

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